N分N乗とは?フランスの世帯課税の計算例と日本で見送られた理由

カテゴリ:制度・ニュース
シリーズ:世界のユニーク税制・社会保険 #3

「子どもが多い家庭ほど所得税の税率が下がる」——フランスには、そんな仕組みが1945年から80年間動いています。N分N乗(世帯課税)です。世帯収入600万円相当の家庭で試算すると、単身なら所得税約194万円相当、夫婦+子ども2人なら約49万円相当。日本でも2023年の国会で複数の政党が導入を主張し、政府が課題を挙げて見送った経緯があります。仕組み・計算例・80年間の結果・日本で見送られた理由まで、一次情報(フランス政府の公式情報)で整理します。

仕組み:世帯の所得を「家族の人数」で割ってから税率をかける

日本の所得税は個人単位——夫婦それぞれの収入に別々に課税されます。フランスは世帯単位で、こう計算します。

  1. 世帯全員の所得を合算する
  2. 合算所得を「家族除数(N)」で割る。大人は1人=1、子どもは1人目・2人目=各0.5、3人目以降=各1
  3. 割った後の金額に累進税率をかける
  4. 出てきた税額に、もう一度Nを掛け戻す

累進課税では所得が低いほど税率が下がるため、割ってから税率をかける=家族が多いほど低い税率が適用されることになります。これがN分N乗の核心です。

試算:世帯の課税所得60,000ユーロ(約1,050万円・1ユーロ=175円換算)の所得税

  • 単身(N=1):約11,100ユーロ(約194万円)
  • 夫婦のみ(N=2):約4,200ユーロ(約74万円)
  • 夫婦+子2人(N=3):約2,800ユーロ(約49万円)
  • 夫婦+子3人(N=4):約1,500ユーロ(約26万円)

※2025年所得に適用される税率表(0%/11%/30%/41%/45%)で計算。同じ世帯収入でも、家族構成で税額が数倍変わります。

高所得世帯への歯止め(プラフォンマン)

子どもによる減税効果には上限があり、子ども1人あたり(0.5除数あたり)年1,807ユーロ(2025年所得分)までしか税額を減らせません。「子だくさんの富裕層が無限に得をする」制度にはなっていません。

なぜ生まれたか:戦後の人口回復策

N分N乗は第二次世界大戦直後の1945年に導入されました。戦争で人口が激減したフランスが、「家族を持つことが税制上不利にならないようにする」ことを国家目標に据えた家族政策の柱のひとつです。以来80年、政権交代をまたいで維持されており、手厚い家族手当・保育制度とセットで「フランス家族政策」を形づくっています。

結果80年:出生率は欧州上位、ただし「N分N乗のおかげ」とは言い切れない

  • フランスの合計特殊出生率は長年欧州最高水準(1.8〜2.0前後)を保ち、「家族政策の成功例」と呼ばれてきました。ただし近年は低下傾向で、直近は1.6台まで落ちています
  • 研究者の間では、出生率を支えたのは保育の充実や家族手当を含む政策パッケージ全体で、N分N乗単独の効果を切り出すのは難しい、という見方が主流です
  • フランス国内にも批判はあります。①累進課税の性質上、高所得世帯ほど減税額が大きい(上限はあるが逆進的との指摘)②片働き世帯に有利で、共働きの2人目の稼ぎ手(多くは女性)の就労意欲を削ぐ——という2点が代表的です

日本との比較:2023年に国会で議論され、見送られた

日本でも少子化対策の文脈でN分N乗の導入論が繰り返し浮上しています。直近では2023年1月の国会で、自民党の一部・日本維新の会・国民民主党が導入を主張し、立憲民主党も「検討に値する」としました。しかし政府は慎重姿勢を崩さず、導入は見送られました。挙げられた課題は次のとおりです。

論点内容
高所得層ほど有利累進税率の緩和効果は高所得世帯で大きく、低所得世帯(そもそも税額が小さい)にはほぼ効かない
共働きに不利になりうる世帯合算により、2人目の稼ぎ手の税率が上がるケースがある。「単身・共働き世帯への増税」との批判も
制度の土台が違う日本は個人単位課税+扶養控除・児童手当の体系。世帯課税への転換は源泉徴収・年末調整の仕組みを根本から変える大工事になる

「子育て世帯の負担軽減」という目的は同じでも、日本は児童手当の拡充(子ども・子育て支援金)という給付側の道を選びました。その財源負担のあり方が「実質独身税」と呼ばれて論争になったのは、前回のドイツ・子なし割増の記事で書いたとおりです。各政党が税制のどこで子育て支援をしようとしているかは政党の税金スタンス比較で整理しています。

日本人に関係するケース:フランス駐在・在住なら世帯申告

  • フランスで働く日本人は、原則この世帯課税で申告します。結婚・PACS(連帯市民協約)・子どもの誕生で除数が変わり、税額が大きく動くため、家族構成が変わった年は申告内容の確認を
  • 夫婦の一方が日本に残る「単身赴任型」の場合、どちらの国でどう課税されるかは日仏租税条約と居住者判定によります。赴任前に会社・専門家に確認するのが安全です
  • 日本の年末調整に慣れていると「全員申告」のフランス方式は戸惑いますが、いまはオンライン申告で記入済みの申告書を確認する方式が基本です

今日やること

今日やること

  1. 自分の世帯で「N分N乗だったら税額がどうなるか」をざっくり試算してみる(課税所得を家族除数で割って所得税率表に当てる。日本の個人課税との違いが体感できます)
  2. 子育て世帯なら、日本の現行制度で使える扶養控除・児童手当・高校無償化の適用漏れがないか確認する
  3. 各政党の子育て×税制の主張を見比べておく(選挙のたびにN分N乗論は再浮上します)

よくある質問

Q. N分N乗の「N」とは何ですか?

A. 家族除数のことです。フランスでは大人1人=1、子ども1人目・2人目=各0.5、3人目以降=各1と数えます。世帯所得をNで割ってから累進税率をかけ、税額をN倍に戻すため、家族が多いほど低い税率が適用されます。

Q. フランスの出生率が高いのはN分N乗のおかげですか?

A. 単独の効果とは言い切れません。保育の充実や家族手当を含む政策パッケージ全体の結果というのが研究者の主流の見方です。なお近年のフランスの出生率は低下傾向にあります。

Q. 日本でN分N乗が見送られた理由は?

A. 主に3点です。高所得世帯ほど減税額が大きいこと、世帯合算が共働き世帯に不利に働きうること、個人単位課税を前提にした源泉徴収・年末調整の仕組みを根本から変える必要があることです。

Q. 独身や子どものいない世帯には増税になるのですか?

A. N分N乗自体は「家族の多い世帯の税率を下げる」仕組みで、単身者の税率を直接上げるものではありません。ただし税収を維持するために全体の税率を調整すれば、相対的に単身・子なし世帯の負担が重くなるという指摘があり、フランスでも日本の導入論でも論点になっています。

参考リンク(出典)

※ 税率・上限額は2025年所得(2026年申告)分。ユーロの円換算は1ユーロ=175円の概算です。本記事は制度比較の情報提供であり、特定の政策の是非を主張するものではありません。

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公開日:2026年08月03日 / 執筆:みんなの税金 編集部

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